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一流ホテルのレストランでプロポーズまがいの告白をかましてくれた上司との出会いは、ざっと十年前まで遡る。
俺が高校二年でヒラの風紀委員、上司――夢川理が高校三年、生徒会副会長を務めていた時代だ。
……あの頃は互いに若かった。と、回想する。
俺が夢川と個人的な接触を持った切っ掛けは、失恋だった。
もちろん相手は夢川ではなく別の人間だ。
初恋の相手に告白し、見事木っ端みじんに玉砕した直後のことである。甘酸っぱい青春の一ページだ。
でも、その当時はそんな甘酸っぱさなど微塵も感じる余裕などなく、世界一自分が不幸になった気で己を憐れみ、悲嘆にくれながら垂れ落ちる涙だか鼻水だかのしょっぱさを味わっていた。
そして、絶賛自己憐憫中の俺の前方不注意によって、その青春のしょっぱさの犠牲になったのが、夢川副会長その人だった。
出会い頭にぶつかり、天下の副会長様の制服には俺の涙だか鼻水だかがべっとりとなすりつけられる…という大惨事の犠牲者になってしまわれたのだ。お気の毒である。俺も彼も。まったくもって不幸な遭遇だった。
ぴしっと皺ひとつない制服に、でろーんと糸を引く涙だか鼻水が付着したことに顔面蒼白になって慌てて拭ったが、――被害を拡大しただけに終わった。涙も引っ込む悲劇的展開だった。
……しかし、「笑顔が嘘くさい腹黒」と評判だった副会長様は、意外と親切で。
俺の泣いていた理由を聞くと、自分も最近失恋したばかりで傷心中だとこれまた意外なフレンドリーさをみせた。
副会長が誰に失恋したか、俺は知っていた。
たぶん、全校生徒みんな知っていただろう。
季節外れのΩの転校生が生徒会メンバーで逆ハーレムを築いていたのは、それはもう有名な話だったからだ。
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