1079人が本棚に入れています
本棚に追加
橘と黒沢さんがミクリヤへやって来たあの夜、なんとか過去と決別し、店の裏で泣いていた私を慰めてくれた陽ちゃん。
いつから恋愛感情が芽生えたのかはハッキリしないけれど、あの時点ではとっくにもう好きになっていたんだろう。ほとんど毎日朝から晩まで一緒にいて気が付かないなんて……。『灯台下暗し』とはまさにこのことだ。
そんな自分に呆れて溜め息をつくと、ふいに立ち止まった陽ちゃんが振り返る。さっきまで並んで歩いてた私がストーカーみたいに後ろを歩くから気になるのだろう。
「あ、ごめん……」
無意識に意識しすぎている自分が恥ずかしい。駆け寄って追いつくと、普段どおりの柔らかな笑みが待っていた。
これまで何度も目にしたはずなのに、胸がドキドキして三秒も直視できない。でも同時に胸の奥からじんわりと温かいものが広がって、なんとも幸せな気分になる。歩き出した陽ちゃんに気付かれないようにそっと見上げると、その幸福感は更に募り、身体いっぱいに広がった。
できることなら、このままずっと二人で廊下を歩き続けたい気分だったけれど、こういう場合の時間は殊更早く過ぎるように感じる。
「じゃあ、おやすみ。ゆっくり休めよ」
陽ちゃんのカードキーが何かの不具合で機能しなければいいのに、やっぱりというか当然というか、あっさりドアが開く。
「うん、おやすみなさい」
静かにドアが閉まり電子ロックの音がすると、思わず大きな溜め息が漏れた。ドキドキしてしょうがない緊張感から解放される心地と、まったく逆のいかんともしがたい寂しさのせいだ。
最初のコメントを投稿しよう!