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少し気持ちを整えてから部屋に入ると、洗面所で月菜が歯を磨き終えたところだった。
「遅かったわね。なにしてたの?」
「えっ……」
思わずドキッとしたけど、月菜はいつもの調子で「迷子になったのかと思ったわよ」と毒づくだけだ。
私はたった今訪れた劇的な変化と喜びを持て余し始めていて、今度はそれを親友である月菜に打ち明けたい衝動に駆られた。
「ねぇ、月菜」
そう呼んでから慌てて言葉を飲み込む。相手は彼女のお兄さんだ。私が一方的に好きなだけで、どうこうなったわけでもないのだから、個人的な盛り上がりだけで打ち明けるのは思慮が浅いし、変な気を遣わせてしまうかもしれない。もしくはシニカルな彼女のことだから、「ちょっと勘弁してよ」と苦笑いされてしまうかも……。
「なに? ロードが長いわよ?」
呼びかけたきり黙り込んだ私に月菜らしい鋭いツッコミが入る。そういえばここ最近は彼女の恋バナを聞いてない。カレシはいるみたいだけど、どこの誰かも知らないし、以前のように話題にはのぼらなくなった。
月菜は私と違ってしっかりしているし、看護師としてもバリバリ働いているから、若い頃と違って人生における優先順位が変わって来たのかもしれないけど……。
「ううん、なんでもない。私もハミガキしよっと」
呆れ顔の月菜と入れ替わって化粧台の前に立つと、鏡の中の自分と目が合った。どこかいつもとは違う顔に見えて、なんだか照れくさい感じがする。
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