5.魂を運ぶラザニア

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 だけど、むっちゃんの言い分ももっともだ。寝坊して支度が遅れたことは過ぎたことだし、今更慌てたってしょうがない。気持ちを切り換えないと、本当になにかやらかすかも……。 「な、なんだ?」  じっと見つめたまま急に動かなくなった私の反応に、むっちゃんが怪訝な表情を見せる。ちょっと待ってと手で制し、ふう~っと深く息を吐き切ると、アタフタして胸のあたりに広がっていたざわめきがすうっと霧散していくような感覚があった。 「ありがとう、むっちゃん。注意してくれなかったら、また大車輪のごとく落ちていくところだったかも」  落ち着いてゆっくりと一礼すると、むっちゃんはガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、怯えたように後ずさりした。 「やっぱり……お前はまどかじゃない! 本物のまどかは秋保の露天風呂で突然降り注いだ目映い光に吸い込まれ、銀河のかなたへ連れ去られたのであろう!」  い、いや……これまでの私からすると止むを得ない反応かもしれないけどさ。なんだかむっちゃんは、この間から非現実的な妄想に取りつかれているようだね……。どうして普通に成長したのだと受け止めてくれないんだろ? 私が落ち着いたり、思慮深くなったりすることは、それほど『あり得ない』ってこと? 「むっちゃんこそ冷静になってください。そもそも本物の私じゃなければ、階段から落ちたことは知らないと思うけど?」 そう指摘すると、むっちゃんは「確かにそうだな?」とあっさり納得した。と同時に再び玄関のチャイムが鳴る。 おっと、イカン。宇宙人の話をしている場合じゃなかった。
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