5.魂を運ぶラザニア

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 書初めが上手くできたのだろうか? 遠くの方からウィリアムさんたちの楽しそうな声が聞こえてくる。片倉さんの言葉を待つ私は、俯いたままフローリングを見ているしかなく、実際には五秒足らずだった沈黙の時間も三倍ぐらい長く感じられた。 「そんな、まどかさんが謝る必要はないですよ。僕が勝手に好きになったんですから。どうか頭を上げてください」  いつもどおりの快活な声に顔を上げると、先ほどの悲しみは私を気遣うように払拭され、優しい双眸は一層優しく微笑んでいる。こんな時でさえ片倉さんは客観的だ。  それだけで胸がチクチクと痛む。目に見えない罪悪感が忍び寄り、これは必要なことだったのだと再認識する私を針で突っついてくるみたいに。  なんと言うべきか、なにを言うべきか言葉を選んでいると、片倉さんは脚に絡みついてきたサバトラを抱き上げ、その背中を撫ぜながら先に切り出した。 「陽ちゃんというのは、御厨さんのことですよね? さっき神社で会った」 「あっ、はい。そうです……」  なんだか恥ずかしくなって俯いた私にふむ、と頷いた片倉さんは、初詣の時のことを思い出すように空を見上げた。 「実は、まどかさんたちがおみくじを引きに行っている間、御厨さんとそういう話になったんですよ」  えっ!? 「そ、そういう話というのは? 陽ちゃんが私のことについて何か話したんですか?」 「ええ、そうなんです」    思いがけないことに鼓動が一気に早くなる。あの時二人がどんなことを話していたのかは気になっていたけれど、当たり障りのない世間話か何かだろうと思ってた。まさかそんな話題になっていたなんて……。
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