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でも胸の奥がぞわぞわしていた。母さんはほとんど家にいて、俺が帰ってきた時にいないことなんかめったになかった。やむを得ない時には置手紙がある。それぐらい母さんの不在は、俺にとって異常なことだった。
その日は置手紙も何もなく、母さんだけがいなかった。その違和感は不安にとってかわって、俺は時折、鳥肌を立てたまま、膝を抱えていた。
あの夜の事は忘れない。
誰も帰ってこなくて、どんどん夜が暗くなって、俺は部屋から動けなかった。
たぶん、大変なことが起きてる。
そんな予感がして、怖くて、静かに炊けていく炊飯器を見つめている。足音に期待して、通り過ぎて絶望する。俺は思っていた。
母さんはきっともう帰って来ない。
なんの根拠もないのに、その勘が当たっている自信があった。
遅くなって父さんが帰ってきて、母さんがいないことを知ると血相を変えて出て行った。
そのままあちこちぐるぐるまわって、見つからないとなるや警察に捜索願を出した。俺も事情を聞かれたけど、答えることなんか何もなかった。
母さんはその朝も、前の日も、本当に普通だったから。
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