880人が本棚に入れています
本棚に追加
『あれ、やっぱないなあ』
持田先輩の近くで、わざとらしく落とし物を探すフリをする。
『どうしたの?』
持田先輩は見かけ通り親切な人で、すぐに手伝ってくれた。
俺ははじめから手の中に隠しておいたキーホルダーを棚の隙間から拾いだした。
『あった! 和真についてった時に、何か落とした音が聞こえた気がしたんだけど、ついそのまま出ちゃって』
和真の名前と、つまみ上げたキーホルダーに彫られた名前に持田先輩はすぐ反応した。
『あれ、浅野って、もしかして浅野涼太のとこの浅野?』
『涼太は兄です。涼太より和真の方がよっぽどお兄ちゃんみたいだけど』
『へえ、和真とも仲いいんだ』
『もちろん』
和真の名前を出したその時だけ、持田先輩の声に甘い響きが籠った。俺は上級生に受けのいい、礼儀正しい笑顔を作った。
それをきっかけに、俺は持田先輩とじわじわと距離をつめた。
馴れ馴れしくならない程度に。かといって疎遠にならない程度に。そして全ての成り行きが、自然であるように。
俺たちは貴重な持ち札を取引するように、お互いが知りたい情報を何気ない会話に散りばめた。学校での涼太の様子、和真と涼太の二人のこと、進路。
話せば話すほど、持田先輩が和真にぞっこんなのは、容易に伝わってきた。
そんな単純な理由の延長で、涼太をよく思っていないことも明らかだった。俺は適当に話をあわせながら、わざと涼太への不満を混ぜ込んだ。
『涼太ってホント適当なんだ。そのくせすぐ怒るし。和真も腐れ縁とはいえ、よく付き合ってると思うよ。先輩にこんなこと愚痴ってるのがバレたら大変だから、俺と話してること、兄ちゃんに言わないでね』
最初のコメントを投稿しよう!