12.春の風……涼太

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12.春の風……涼太

  「ばあさまんとこ、行って来る」  ずいぶん日差しが柔らかくなって、俺は外に誘われるように上着を羽織った。リビングから母さんの声が追いかけてくる。 「報告? 車出そうか、涼太」 「いいよ、歩いてく」  ばあさまの家は、浅野の本家だ。 家からはそこそこ遠く、市街地からかなり離れる。しばらく歩くが、勉強漬けで引きこもっていたからちょうどいい。  かつては地元の名士として町の隅々にまで目を行き届かせていたらしいけど、今、ばあさまはめったに家を出ない。人とITがあれば、大抵の用事は事足りると言う。  俺はゆっくり歩く。一歩一歩、本家に近づくごとに、いつも大昔にタイムスリップしたような気分になる。  東京ドームがスポンと収まるような、広大な敷地をぐるりと囲む巨大な石垣。正面門から玉砂利の道をすすむと、重厚な木造建築の平安神宮みたいな屋敷が姿を現す。 だがそれは来客用の建屋で、住居はさらにその奥だ。敷地内には用途ごとに別棟と蔵が点在している。この屋敷の背後の山は当然、宅地となっている周辺の土地も浅野からの切り出しだ。単なる旧家というには、おさまらない規模だった。  その主のばあさまは妖怪のように、ここで『浅野』の全権を握っている。相当な高齢だが、小柄な年寄りの外見の中には、豪胆な経営者としての気骨を滾らせている。  ばあさまは俺に、父さんのことを『不適合品』だと言った。
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