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『あの子はあまりに優し過ぎる。浅野の家は背負い切れまいよ。』
言いかたは辛辣だが、残念ながら全く同感だった。
父さんと母さんはまるで絵本の中の善良な村人だ。小さな幸せを大事にしながら普通の家庭を営むのが似合う。そんな二人が俺は好きだし、とても大事に育ててもらった事も重々承知している。だからその気質を軽んじるつもりは毛頭ない。
ただ、この浅野家を担うには、あまりに人物がそぐわない。
ばあさまは父さんに『浅野』を引き継ごうとしてすでに一度失敗していた。
あまりにいい人すぎて、たちまち食い物にされてしまうのだ。海千山千の人物と渡り合えずに大事な契約をいいように押し切られてしまう。
美点である柔和さは裏目に出て、圧倒的に強さが足らなかった。人も巨大な遺産も扱いきれず、日々、家が傾いていく。
不出来の烙印を押され、日々のプレッシャーに潰れた。父さんは決まっていた婚約者を蹴り、優しい母さんと結婚した。勘当して下さい、と言って譲らない。
ばあさまはここで一つの決断をした。
父さんをとばして、次の世代に『浅野』を引きつぐ。
父さんは本家から出された。
もっとも、出たと言っても浅野の金で御膝元に家を建ててもらい、系列の会社の役員にしておくのだから飼い殺しに近い。
しかしそこでも父さんは、ばあさまを失望させた。結婚して十年たっても、後継者になるべき子供ができなかったのだ。
当然、治療にも通った。通い尽した。
ばあさまも惜しみなく援助した。不妊治療で高名な地元の大学病院は浅野と縁が深い。最先端の医療を試すのは勿論、優遇されるように大学の研究室に多額の出資もした。
しかし結果は伴わず、父さんも母さんも疲弊しきった頃、ばあさまに大学から内々の申し出があった。
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