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完全な住宅街にある俺の家とは違い、この地区で『浅野』の名前は轟いている。
浅野家に近づくにつれ出会う人々が深々と会釈してくる。年齢が上になるに伴って、その丁重さは顕著だ。母さんが車で行きたがるのは、人の目がうるさいからだろう。
正面玄関までくると、セキュリティを認証コードで解除して門を開けた。
古さと新しさが融合した家で、見かけに反して内部はオール電化だ。余計な使用人を雇うより、機械化した方が気が楽なんだそうだ。
俺は敷地の中に入った。ばあさまのいる奥の屋敷まで庭を突っ切って、遠慮なく襖を開ける。
「いる?」
「ああ。来る頃だと思ってた」
間髪入れずに、ばあさまは振り返った。手元の本がぱたんと閉じられる。
真っ白な髪をきれいにまとめて、いつも季節に合った和装姿だ。それに相応しく、この家はどこからともなくお香の匂いがしている。
掘りごたつをすすめられ、俺もすぽんとそこに入る。ばあさまはゆっくりとお茶を煎れ、湯気のたつ湯呑を俺に差し出した。
「人払いはしてあるよ。用事があるなら早く言いな」
「やっちゃった」
俺は、大学の合格証書の束を、ばあさまの前に放りだした。
ばあさまは一番上の文字を一瞥すると、溜息をついた。皺の深い指で、合格の文字をなぞる。
「……あんた、東大行って何するんだい」
「行かないよ。最後までいい加減な馬鹿だって思われてんのが癪だったから、証明してやっただけ。まあ、ライセンス的に学歴が必要になったらまた受ければいいし」
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