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5.春の夜……涼太
全然楽しくない。
開けた窓から入り込む、春めいてゆるんだ空気を胸いっぱいに吸ってみるのに、それでも俺の気分は晴れない。
「兄ちゃん、顔、ブサイク」
風呂上がりの瑞樹が、通り過ぎざま悪態をつく。
また背が伸びたみたいだ。毎日こいつを見るたび大きくなってる気がする。でも俺の中では瑞樹は十歳ぐらいで、ランドセルをカタカタいわせてた頃の姿が基準になってる。だから余計に生意気に感じるわけだけど。
「俺が不機嫌でも、別に瑞樹には関係ないだろ」
「へえ? 兄ちゃんの方が聞いて欲しそうにみえるんだけど」
瑞樹は冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出すとグビグビ飲み干した。
無言の間も瑞樹は忙しく頭を働かせている。一瞬でもぼーっとしない勤勉さは、我が弟ながら不思議でしょうがないけど、始終考えてるせいか年の割には何かと鋭い。
「和真となんかあったの」
すご。いきなり直球だ。俺の驚きが伝わったのか、瑞樹がまんまとほくそ笑む。
「うるさいな、クラス別々になっただけだよ!」
俺はむうっと頬っぺたを膨らませた。途端に瑞樹は馬鹿にしきった顔をする。
「そんなのしょうがないじゃん、和真は何て?」
「こればっかりは仕方ないよね、って。あいつ平然と言うんだぜ、つまんねえヤツ!」
「そっちが普通だと思うよ」
瑞樹はバスタオルで濡れた髪の毛を拭きながら言う。
「少しは努力すれば?」
「してるよ、一緒に帰るとか、休み時間、和真の教室に行くとか」
「ほとんど小学生だね」
瑞樹は含み笑いをして、目の前に座った。
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