6.春の夜……和真

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 すうっ、と深呼吸したくなる。  白く揺れる足元のフリージア、瑠璃色に地面を這うネモフィラ。  ぼってりと大振りの花を広げる木蓮。庭のあちこちで群生している黄色のチューリップ。そしてその庭のぐるりを囲む桜の古木。  もう散り際の桜は、風もないのにはらはらと花弁を落す。昼間はそれぞれの色彩を競いあって夢の園みたいだけど、月灯りの下だと色が飛んで全体に白いベールをかけたみたいだ。 「すっげえきれい!」  見惚れて立ち尽くしていた涼太が、子供みたいな顔で笑った。  その無邪気な反応に、胸が躍った。  庭を褒められるのは、自分を褒められるのと同じぐらいに嬉しかった。こんなに綺麗に咲いているのに、誰も見ない。ばーちゃんがいなくなってから、この庭と向き合ってきたのは俺だけだ。  俺は桜を見上げている涼太を置いて、家に入り、灯りをつけた。縁側を閉ざしていた雨戸を引き、重ねて障子まで全開にする。止まっていた空気が一気に外に流れ出して、俺は部屋から涼太に声をかけた。 「涼太、お茶、いれようか」 「いらない」 涼太は驚くほど身軽に庭から縁側に駆け上ってきた。 「それより、」
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