6.春の夜……和真

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 涼太はなんなく俺の唇に触れてきた。  涼太はキスをためらわなくなった。そして俺もそれに怒らない。いつからこうなったのか、膠着していたようで、やっぱり何かが変わっているのだ。  じんわり同じ温度になっていく唇に、お互いが徐々に昂ぶってくる。息苦しさに思考が断ち切られる前に、俺は必死に抗う。 「待って」 俺は腕で涼太を押し退けた。 「理由は? 俺を好きになった理由」 今度こそ涼太は面喰った顔をして、動きを止めた。 「ねえ、和真はなんでそんなに確かめたいの」 「人の気持ちの中なんてわからないから!」  俺は俺らしくない激しさで言った。  その感情に呼応するように風が吹いて、桜の花びらが部屋の中に飛び込んでくる。ざわざわと揺れる枝が、部屋の中にまで伸びてきそうだ。  俺は頭を振った。  耳鳴りみたいに砂の音がひっきりなしにしてる。砂はもう上限に満ちることを知らせてる。  時限爆弾を抱えたみたいだ。こんなに焦ってるのに無駄にジタバタすることしかできない。 「だってわからないんだ、何で俺なのか、どうして涼太は俺を選んだのか」  確かに涼太とはずっと一緒だった。  告白の後でようやく俺は、これまでごく自然に受け止めていた優しさが、特別な気配りだったのだと思い知る。涼太は俺にするような親切を他の誰にも、しない。  人に馴染もうとしない俺が孤立しないよう傍に置くことも、合わない帰りの時間を待ってでも登下校をともにしているのも、毎日の食事や、一人で暮らすことへの心配も、すでに友情の範疇を超えている。  それは一人の男が大切なものを守るような眼差しから発生していた。俺は大人気分でいたのに、その実、ずっと守られていたことに気付いて、恥ずかしくて逃げ出したくなった。  わずかに後じさる。涼太がそのぶん前にでる。
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