7.夏の夕暮れ……瑞樹

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 家に着くと、俺は荷物を片付けて、塾の支度を始めた。  別に今日は講習日じゃないけど、自主学習ならいつ行ってもいい事になっている。部活でずいぶん、勉強時間を取られてしまったから、なるべく早く追いつきたい。それに、夏休みがあければすぐに模試がある。 『瑞樹はクソ真面目だよなー。俺なんか自分が受験生だって時々忘れるのに』  高三の夏に受験生であることを忘れられる方がよっぽど凄いと思うけど、涼太はいつもそんな感じだ。心配性であれこれ先回りして考えてばかりの俺とは全然違う。  塾のカバンに問題集と筆記用具を詰めていると、伸びた爪が引っかかった。俺は爪はぎりぎりまできっちり切る。少しでも長くなると気持ち悪い。 「涼太―、爪切り貸りるぞ」  部屋の主がいないことを承知で、勝手に言って、勝手に部屋に入った。  涼太の部屋は、大抵、散らかっている。そして壁に貼られた沢山の写真。  同じ間取りなのに、俺の部屋とは別世界だ。  でも、俺は自分の部屋より涼太の部屋の方が好きで、一年前ぐらいまでは入りびたりだった。和真が頻繁に来るようになるまでは、用があってもなくてもこっちの部屋で、涼太と話をするのが日課になっていたのだ。  俺は、机の定位置から爪切りを抜き取ると、ゴミ箱を引き寄せ、ベッドに腰かけた。  ゴミ箱に大き目の封筒が捨てられている。突き出ていて邪魔だから、俺はそれをつまみあげた。  ……ふうん。  茶封筒は涼太が投函しようとして止めたらしい。中身の手応えを確かめてベットに置き直し、改めて爪を切り始める。  ぱつん。  俺の性格は爪にまで及んでいるのか、反抗的な手応えで爪が飛ぶ。  固い爪はゴミ箱のへりに当たって底に落ちる。切りそろえていくと、四角い爪にヘラ型の指の形が余計に目立つ。いかにも無骨そうな手だ。誰の手も大体こんなものだと思ってた。  ――――――――――――あの日まで。
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