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「瑞樹、本当に塾に行くの? 合宿終わったばっかりなんだから休めばいいのに」
母さんが、心配そうに台所から顔をだす。
「テキストだけでももらっておこうと思って。合宿中、夏期講習、入れられなかったし」
返事をする俺はもう、靴に足を突っ込んでいた。エプロンで手を拭きながら母さんが出てくる。
「じゃあ、早めに切り上げたら?」
「そうする」
俺は、歩きながら、塾の方角の途中にあるマンションを見る。
胸の奥がざわざわした。
涼太が和真の家に行くと、俺はいつも置いて行かれたみたいな気分になる。
確かに和真は独特の雰囲気があって、正反対のタイプの涼太が、自分にないモノに惹かれるのはどうしようもない。
だいたい、焚き付けたのは俺だ。本気の涼太が見たいと思って、和真を煽った。その気持ちは嘘じゃない。
――――――――――――けど。
俺は携帯で、涼太の番号を呼び出した。
コール音を聞きながら、マンションを見上げる。
和真と二人きりのあの家で、涼太がどんな時間を過ごしているのかしらない。
涼太が和真にどんな顔を見せているのか、何を言っているのか、何をしているのか、そのどれもを俺は邪魔したくて、コールを鳴らし続ける。
和真なんかやめればいいのに。
兄だけど兄ではない涼太に向けた感情に、名前をつけるとしたら、何て呼べばいいんだろう。
この身勝手で黒い気持ちも、恋と呼んでいいんだろうか。
涼太は電話にでなかった。
俺は電話を切って、その先のポストに、涼太が捨てた茶封筒を無造作に投函した。
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