薄墨の聲

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薄墨の聲

人の声というのは面白い。各々に沿った声があって、聞き方によってもまた変わってくる。どれほどその人が良い声を持っていたとしても、シチュエーションによってはそれは一瞬で汚れた声へと変わる。 例えば、そう。 (……うるさいなあ) イヤホンをしていても流れ込んでくる声。ノイズ。太い針のような、くしゃくしゃにした紙のような。 電車の中ということも忘れて、馬鹿騒ぎをする声の持ち主。私は彼に冷ややかな目線を送り、そのまま電車を降りた。 改札を抜け、学校までの道を行く。耳には、大好きな声が絶えず流れ込み続ける。混ざった汚れはどこへやら、それだけが私の幸せだった。 あとどれくらいで教室へ着いてしまうのだろう。外したくない、だけど外さなければ。 「……」 エレベーターから降りて、ついにイヤホンを外した。途端に、遮断していたものが次々と襲いかかるように私の耳へ押し寄せる。 友達と喋る声。場も弁えずに鼓膜が破れそうな声で笑う馬鹿な女の声。ふざけあって楽しそうに笑う声。声と声が混ざりあって不思議な感覚を作り出す。 教室の扉を開けて、いつものように後ろの席を目指す。端は、人が来た時用に遠慮がちに開けておく。 一息ついた後も、様々な声があちこちから聞こえた。先生は、まだ来る様子はないようだ。 適当に携帯でもいじろうと、電源を入れる。と、ロックページにはEメールのアイコン。差出人は委員長。内容は、今日の練習連絡。 「……」 ぼんやりと気持ちに靄がかかった。そういや、今日は練習だっけ。 (……行きたくないな……) そう思うのも、毎回のこと。携帯を置いて、私は小さくため息をついた。 あの場所へ行くと、声が汚れる。綺麗な声が消化できなくて、あっという間に薄墨色の声になる。それが、嫌だった。
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