薄墨の聲

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連続の授業が終わり、別の校舎へと足を運ぶ。階段を上る矢先から、誰かの歌う声が聞こえた。 いつものことだ。戸惑うこともない。案の定、教室の前で先輩たちが練習をしていた。今度の演奏会のソロの練習だ。 私のパートの先輩。ソプラノらしい、曇のない水滴が弾けるような、軽やかで可愛らしい透明な声。 「あ、詩ちゃん。お疲れ様ー! 」 「お疲れ様です」 ……普通の声に戻れば、なんてこともない。再び先輩が歌い始める前に、逃げるように教室へ入っていった。 「あ、詩ちゃん」 「授業だっけ? 大変だよね、こんな時間まで……お疲れ! 」 「お疲れ」 荷物を置きながら、なんてことのない会話を同期と交わした。湧き上がる嫌な感情は、ここ最近になって酷くなった。 女らしい女だらけのパート。諍いが生じないはずもない。後輩からは、仲の良い代だ……なんて思われてるみたいだけど、実際そんなことはない。と、思ってる。 ……そういえば、サークル部室にもすっかり足を運ばなくなった。前はもう少し行っていたのに。 「……」 あちらこちらで、水が湧くように声が流れる。どれもみんな綺麗だ。 なんでみんなこんなに熱心なんだろう。いや、わかる。みんな歌が好きなんだ。だからここにいる。私だって。でもきっと、みんなの「好き」と私の「好き」は違うのだろう。 週4日の練習。お世辞にも楽とは言えないその頻度と時間に、随分辟易してきた。辞めたいと何度も思ったし、何人も辞めていく同期や後輩を見てきた。 大学二年生。遊べる盛に、わざわざ嫌なことをしなくてもいいんじゃないか。そうやって、幾度も考えを重ねた。でも、辞められなかった。 私も歌うことが好きだ。歌自体は、すごく好きなんだ。 でも、ここが嫌い。 こんな、綺麗すぎる場所には、私の声は似合わない。 「体操ブレス始めるんで、並んでくださぁい! 」 広い教室に、いつもの声が響いた。並ぶ同期の後ろに続きながら、私は密かに言葉を飲み込んだ。
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