12

10/10
前へ
/112ページ
次へ
 遠野の身体がぴたりと動かなくなる。 「僕が、ここで、動画を撮って・・・・・・」 「何で」  懸命に振り返ると、柚原は遠野が与えたスマートフォンを差し出した。おそるおそる受け取ると、あの画像の日の動画が確かに再生される。 「これで商品価値なくなったでしょ」 「なんてことを」  思わず吐きそうになって口を抑える。 「葵・・・・・・これで別れてくれる?」  表情はまったくわからなかった。微笑みもしないし、強張ってもいない。切り取られた写真のような柚原が呟くように尋ねる。 「君の腕の代わりに僕は何を差し出せばいい?」  何でそんなことを言うのかと言いたかったけれど、言葉にはならなかった。 「指を全部切ったら、僕と別れてくれる?」 「本気?」  声が掠れる。胃の中がぐちゃぐちゃになって、全身が冷たく強張る。 「別れてくれないなら、もっと際どいのが載ることになります」  そして立ち上がれない遠野に近づいてくると、間近に膝をついて顔を覗き込む。  「東京に戻ったら、もうパリには来ないで」  その時になっても、遠野は柚原の表情から何も読み取れなかった。 「僕は一人で歩けるから」  頭の中で声がした。柚原は立ち上がると言った。 「学校に行くね」  腰が抜けたままその場から動けなかった。なぜそんなことになったのか、遠野には何一つ理解できなかった。様々な柚原海を思い出そうとしたけれど、何一つ蘇りはしなかった。ただ、水の中で溺れてゆくように、喉の奥が締め付けられて、息ができなかった。
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

87人が本棚に入れています
本棚に追加