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遠野の身体がぴたりと動かなくなる。
「僕が、ここで、動画を撮って・・・・・・」
「何で」
懸命に振り返ると、柚原は遠野が与えたスマートフォンを差し出した。おそるおそる受け取ると、あの画像の日の動画が確かに再生される。
「これで商品価値なくなったでしょ」
「なんてことを」
思わず吐きそうになって口を抑える。
「葵・・・・・・これで別れてくれる?」
表情はまったくわからなかった。微笑みもしないし、強張ってもいない。切り取られた写真のような柚原が呟くように尋ねる。
「君の腕の代わりに僕は何を差し出せばいい?」
何でそんなことを言うのかと言いたかったけれど、言葉にはならなかった。
「指を全部切ったら、僕と別れてくれる?」
「本気?」
声が掠れる。胃の中がぐちゃぐちゃになって、全身が冷たく強張る。
「別れてくれないなら、もっと際どいのが載ることになります」
そして立ち上がれない遠野に近づいてくると、間近に膝をついて顔を覗き込む。
「東京に戻ったら、もうパリには来ないで」
その時になっても、遠野は柚原の表情から何も読み取れなかった。
「僕は一人で歩けるから」
頭の中で声がした。柚原は立ち上がると言った。
「学校に行くね」
腰が抜けたままその場から動けなかった。なぜそんなことになったのか、遠野には何一つ理解できなかった。様々な柚原海を思い出そうとしたけれど、何一つ蘇りはしなかった。ただ、水の中で溺れてゆくように、喉の奥が締め付けられて、息ができなかった。
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