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「いいのよ。あなたは、心配しなくて」
だから、覚悟もまたできていた。
寄り添い続ける、覚悟は。
「……数多くの同胞が、"物"として扱われ、社会の流れに耐えられず廃棄された」
ケイは、しかし、レンの覚悟を切り捨てるような言葉を続ける。
その想いを、まるで、知っているかのように。
「僕は、願う。あなたとともに、過ごした記憶を無くしたくないと」
「記憶……」
「今のままでは、記憶は全て消える。移し替えることも、できない。けれど……ただの"物"に戻れば、君との時間を遺せる」
ケイの願いを察したレンは、眼を大きく見開く。
「――違うわ。今のあなたがいるから、あなたなのよ」
記憶だけの抜き出し。完全な移行も、移し替えも、人格を持ったままではできない。
……だが、ただの"物"に戻してしまえば、それは、再現するだけの凍結したデータとなる。
「記録や記憶が、あなたじゃない。あなたという存在が、形が、あなたなのに」
つまり、それは。
こうしたケイの息吹が、消えることを意味する。
「……壊れかけた僕に、寄り添う君の姿。想像するのは、辛いものだよ」
顔を歪め、答えるケイの表情。
それは、長年連れ添ったレンだからわかる、複雑な想いの表れ。
「ともに寄り添い、支えあい、どちらかずつ眠りにつく。人間同士なら、それは、一つの形なんだろう」
「そうよ、違いはないわ。『ドール』と、人間に、違いなんて。……そう、やってきたはずでしょう?」
「――人は、ね」
すっと、ケイは能面のような表情を造り――言った。
「僕は、"ドール"だ。この社会では……"物"に、区分されるんだ」
「ケイッ……ッ!」
振り絞るような怒りの声は、にじむ視界とともに吐き出される。
それは、レンが理解し受け入れ、だからこそ共にいたいと願った彼への……否定に、他ならないのではないか。
そう感じられて、渦巻くような感情が、レンの胸に暴れ出す。
なのにケイは、淡々と、感情を抑えた言葉を続ける。
「次第に僕は、僕が望まない僕に、なってしまうだろう。それは……君とともに過ごした僕の、望むことじゃない」
「そんなの、あなたの勝手な思い込みよ! 私の気持ちを、おいてしまうだけの……」
それ以上、レンの言葉は続かない。
ただ、握りしめた両手と、伏せた眼からの雫が、その怒りを強くケイへと伝えていた。
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