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「……僕達は、夫婦喧嘩をしたことも、あまりなかったね。それだけ、幸せだったんだと、想いたい」
「そうよ。だから、怒るのよ。そんな私をおいて、あなたは勝手なことばかり言う」
「だから、さ。老いていく君に、壊れかけた僕を置いていくのは、辛いんだよ」
「それが、勝手なことなの。私は、ずっとあなたに、残っていてほしいのに」
「……もし、僕が君より長く意識を保ったとしても、永遠にはならない」
ケイは、確かに現状をよく把握していた。
彼が造られた過去より、今はずっと、『ドール』への規制は強い。
「僕が残ったとしても、僕は"物"として扱われるだろう。そう、認識する者達に」
「……あなたは、"物"では、ないのに」
だが――そう信じない社会に、どんな言葉を使えば、それを伝えることができるのだろう。
そのために、ペンを執り続けていたはずなのに。
「覚えて、いるかい」
ふっと、ケイは話題を変えた。
「料理のプログラムをインストールし、腕によりをかけて作ろうとしたら、そもそも身体の反応が対処しきれなかったこと」
脈絡が見えず、レンは戸惑う。
ただ、その時の危うさは、よく覚えていた。
「あの時は、あやうく火事になるかと想ったわ。知識と身体は、『ドール』でも別物だって、知ったけれど」
エッセイでも、その回はいろいろな意見が送られてきた。人間らしい、危険だ、可愛らしい、禁止すべきだ……。
読者がみな、ケイの生活を、考えてくれた回だった。
「僕は、怪我もすれば失敗もしたし、だからこそ……君は、見てくれていた」
「……見世物にしてしまったと、もしかして、想ってる?」
――それは、レンの心の片隅に居座り続けていた、罪悪感。
「いや。そんな僕を愛しく想ってくれていたのも、文章から感じていたよ」
ケイは、認識していた。自分と彼女の夫婦が、世間から好奇の眼で見られることを。
だからこそ、本当に嬉しく想ったのだ。
ウィットに富んだ表現と、惜しみない愛情とともに、愛しい日々を文章にくるんでくれた彼女のことを。
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