異なる伴侶が遺すものは

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 呼吸を整え、軽く声を高めながら、笑う。 「やぁねぇ、目覚めがいいって言ってたのに。まだ、寝起きの気分が残ってるのかしら」  人間もそうだ、とレンは想いこむことで、ケイを慰めようとする。  ――人間を模した『ドール』タイプも、眠ることで自身の蓄積した情報を、整理する。  眠ることや時間をおくことで行われる、思考と記憶の再整理。古い言葉で言えば、ハードディスクのデフラグに近いのだろう。  『ドール』は、完全な記憶や記録を保持できない。正確には、保持をしつつもある程度の不自由さを保つよう、プログラムされている。 (……今月に入ってから、多く、なってる)  ――だが、それを何度も繰り返されると、異常だと感じられる。 「ミス・ケリーに、また相談しなきゃね」  ケイを見てくれる彼女は、とても優秀だ。  メンテナンスのできる店も修理者も減っているこの時代に、彼女と出会えたことはとても幸運だった。  ――法の変化もあって、旧世代の『ドール』の修理そのものが、制限されてきている。  結果、対応方法は減少していくのに、費用は高騰するばかり。 (……貯金は、まだ、余裕がある)  一瞬浮かんだ自分の考えに、レンはまたため息をつく。 「ため息が、多いね」 「年をとると、不安が多くなるものよ」 「お互い、身体にガタもくるものだしね」  ケイの言葉に、笑いながら頷こうとするレン。  ……なのに、首は硬く、口元は笑みのままで、固まっている。 「昔はよく、出かけたよね」 「ええ。いろいろな景色を見たわ。楽しかった」 「僕の身体は……まだ、動くんだけどね」 「私だって動くわ。ただ、動かした後の反動が辛いけれど」  仕事でもプライベートでも、『ドール』のパートナーとしての意識を持ちながら、気をおかない時間をたくさん過ごしてきた。  喜びの朝も。  心地よい昼間も。  泣きそうな夕方も。  心満ちる夜も。  たくさんの場所で。 「……満たされたわけじゃ、ないけれど」  こうして、夫婦としていられるだけで、不安は抑えられる。  だが……ケイもまた、レンと同じ時間と気持ちを、過ごしていたから。 「――最近、僕とのエッセイを発表しないのは、そのせい?」  その疑問が口から出るのは、自然なことだったのかもしれない。
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