『鮫の歯』

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 既に悲しみも憂いも過ぎて、眠気だけが頭の中を泳いでいた。とは言え、涙が底を尽きたわけではなく、流れずとも目を赤く腫らす程度の余韻は残している。畳の上に敷かれた布団に横たわり、目の上を右腕で塞いだ。  腕をごしごし動かした後、滲む照明に影が見えた。強く瞼を閉じた後、大きく目を見開くと、そこには我が子の顔があった。少しやつれて、顔色は悪いものの、間違いなく娘である。まるで私を恨むかのように目をギラつかせているが、それでも再び会えた事が嬉しかった。  だが、その後ろ。濡れた髪の女が一人。元妻だ。娘と同じように、突き刺すような目で私を見る。そして二人は物言わず口を大きく開き、私を噛んだ。ムシャムシャと齧り尽され骨も砕かれて、暗い中を彷徨った後、目覚めた。  畳の上には何本もの鮫の歯が零れていた。右の腕に深い歯型のような痣が残る。その痣の付近の肌は、ザラリとしていて硬くなっている。そして今、歯型を抑えながら、海へと向かう。 ー完ー
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