第一章 海辺(1).

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「坊は単純だからコロっとすぐに騙される。こんなに気持ちよく騙されてくれる子は他にいないよ。」 藤宮さんは僕のことを坊と呼ぶ。世間知らずなおぼっちゃんに見えるから坊、と呼ぶらしい。 僕みたいなおぼっちゃんをだますなんて悪趣味だなあ、と言うと、 「坊が他の人に騙されないように、俺が鍛えてやってる」 などど、カラリと笑いながら言う。 だけど、僕は最近藤宮さんとしかろくに話していないのだ。他の人と話す機会自体がレアなのに、騙されることなんてない気がする。 そもそも僕はあまり他人から話しかけられない。 高校生の頃はいつも一人だった。 一度だけ、友人ができないことを担任の先生に相談したことがある。すると、「他人から見て何考えてるかわからないから、話しかけづらいんだろうね。」とストレートに言われてしまった。 そして、僕は妙に納得したものだった。たしかに自分だって何考えているかわからない人には話しかけづらい。僕は、特に何かを考えているわけではないのだが、他人の目には常に何かを考えているように映っているらしい。 一日中誰とも口を利かない日も珍しくはなかった。少しは寂しいという感情もあったが、積極的に自分から誰かに話かける勇気はなく、それならいっそ一人の方が気楽だった。 だから、藤宮さんと話すのは楽しかった。歳は離れていたが、不思議と話は合った。何より、藤宮さんは物知りで、話をするのは勉強になった。 藤宮さんは毎朝5時半に、海辺近くのベンチまでやってくる。朝刊を片手にとぼとぼと……。 歩くとき、妙に縮こまって肩身が狭そうに見えるのは、僕が発見した藤宮さんのユニークな特徴の一つだ。
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