第一章 海辺(1).

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そして、僕は藤宮さんが来ると、隣に座り、横から紙面を覗き込むのだ。 今日も時間通りに藤宮さんはやって来た。ぼさぼさの頭に年季の入っていそうな黒縁の眼鏡をちょこんと乗っけている。いつものスタイルだ。 「おはようございます」 僕は笑顔でそう言った。以前までは挨拶をする相手もいなかったので、朝、おはようと言えるだけでなんとなく新鮮な気持ちになるのだ。 「おう、坊、おはよう、今日はいい天気だ」 藤宮さんは、白髪が目立つ頭頂部をぽりぽりと?きながら返事をする。今日は一段と気分が良さそうだ。どっこらせ、と呟いてベンチに腰かけた。 藤宮さんは、大げさに音を立てて新聞紙を広げると、しばらくの間真剣な顔で様々な記事を読んでいた。 僕も、黙って横から記事を眺める。いつも、藤宮さんはふいに喋り始めるので僕はそれを待っているのだ。 何回か、ペラリと新聞紙を捲ったあと、藤宮さんは口を開いた。 「また石油の値段が上がったよ。最近上がったり下がったりを繰り返してばかりだな。……ところで坊、石油で使われる一般的な単位はなんていうかわかるかね?」 いきなりのクイズに僕は面食らった。しかし、これくらいの問題なら僕だって答えられる。 「たしか、バレル……だったかな」 「そうそう、じゃあ一バレルをガロンに変換しちゃうと、何ガロンになるかな?」 難易度がぐんと上がった。変換しちゃうのか。そもそも、バレルとガロン、どっちが多いんだったっけ……。 「わからない」、と僕は呟いた。 「正解は一バレルで四十二ガロン。じゃあこれをリットルに直すと?」 もはや無言で首を振るしかない。全面降伏だ。 「坊、まだまだだ。正解は、約百六十リットルだ。つまり、一ガロンがそれだけってことだ。朝から勉強になったろ?」 藤宮さんは僕の顔を見て歯を見せて笑った。 一ガロンは百六十リットル……。心の中で繰り返してみた。誰かに披露したい知識ではあったが、その相手もいないのでどうしようもない。すぐに忘れてしまうだろうと思った。
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