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「――……その後、彼らがどうなったか。それはまた別の話」
ふぅっ
小さな吐息の音と共に橙色をした炎がひゅるりと揺れて、そして音もなく消えた。私はその光景からふっと我に返ると肩で大きな息をつく。いつのまにか肩に力が入っていたらしい。首を回したらごきり、と思っていた以上に大きな音が鳴る。
大きな部屋だった。部屋を分けていた襖をすべて外したのだろう、部屋の隅に座る私には向こう側にある掛け軸も遠くて文字を読むのに少しばかり目を細めなくてはいけないほどだ。部屋の床には沢山の蝋燭が立てられていて、足の踏み場もない。まだ紫煙を揺らめかせているものもあれば、とっくに冷え切った物もある。蝋から上がる紫煙で部屋全体が煤けている気がする。けほり、小さく咳をする。
今何時だろうか。ふとそんなことを思ったが、この場所には時計がない。時間を見る術がない。障子の向こうから差し込んでくる月の光は相変わらず冷え冷えとした色で部屋の中を照らすばかりだ。まあいいか、時間はまだありそうだ。
私の正面には一人の老人がいた。正確にはこの部屋には私と老人しかいない。ここから観察するにはあまりに老人が小柄で、表情や所作を判別するのは難しい。下手すれば地面から生えた蝋燭野原の中に老人は埋もれてしまいそうだ。青白い光のせいで彼の着た着物がグレーに染まっているのだけが見える。
「……これで九十九つめの話が終わったのう」
しわがれた声だ。枯れた葉が擦れ合うような声。不思議とこれだけ離れているのに、老人の声はしっかりと届く。老人は笑うわけでもなく、淡々と話を続けている。
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