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「師匠になってください!」
突然落ちてきた威勢のいい声に、イェンは飛び起きた。
柔らかい春の陽射しがそそぐ昼下がり。
心地よい風がふわりとそよぐ。
こんな日は昼寝が一番だと〝灯〟の裏庭でまどろんでいたのだ。
腕を支えに上半身を起こすイェンのかたわらに、十歳前後の痩せた少女が芝生にぺたりと座り、こちらをのぞき込んでいた。
知らない顔だった。
イェンはちらりと少女の左手首に視線を落とす。
〝灯〟に属する証はない。
つまり部外者。
とはいえ特に〝灯〟の回りに塀や囲いがあるわけでもないから、一般の者でも自由に出入りができる。
その証拠に遠くで子どもたちのはしゃぐ声が聞こえるし、芝生の上に座ってお弁当を広げている家族連れもいた。
青々とした芝生、所々に植えられた桜の木や色とりどりの花が咲く花壇。
くつろぐには最適の場所だ。
少女は眉間にしわを寄せ、真剣な目でじりっとにじり寄ってきた。
肩の辺りで揺れる栗毛色の巻き毛。
じっとこちらを見る瞳も同じ色。
ぱちりとした大きな目。
可愛らしい顔だちではあるが、そんな彼女の容貌にそぐわず、着ている衣服はやけにみすぼらしい。生地はどこかくたびれていて、よく見ると袖口はすり切れている。
「な、何? って、君どこの子?」
少女はさらにつめ寄ってきた。
「あたしの名前はツェツイーリア。長いのでツェツイでいいです。いえ、好きに呼んでくださってかまいません」
「はあ……で?」
「どうか、あたしに魔術を教えてください!」
「はあ?」
「弟子にしてください!」
お願いです、とツェツイと名乗った少女は深々と頭を下げた。
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