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風がさわりと吹き抜けた。
その風とともにしんとした沈黙が二人の間を流れていく。
首の後ろで一つに束ねられたイェンの長い黒髪が背中で揺れる。細身の長身にしなやかな身体つき、整った容貌。女性を惹きつける魅力と危険さがあった。
ややあって、ツェツイはゆっくりと視線を上げた。その目の必死さから、どうやら冗談やふざけているわけではなさそうだ。
イェンは困ったと左手で頭をかく。
その手首には腕輪がはめられていた。
それは〝灯〟に属する魔道士の証。
世界に平和と希望の灯を。
魔道士はこの世界では貴重な存在であり、重宝されている。
それゆえ、どの国にも必ず〝灯〟という魔道士組合的な存在があり、魔道を志す者に研究の場を提供する機関である。そして、国と〝灯〟は密接な関係を持ち、魔道士はその能力を国のために、国は魔道の研究費を援助するという仕組みになっている。
上級魔道士になれば華々しい将来は約束されたも同然。さらに最高位ともなると国王の側に仕えるくらいだ。
しかし、誰でも魔道を志すことはできるが、その誰もが魔道士になれるわけではない。どれだけ努力をしても、すべては持って生まれた才能がものをいう。そして、〝灯〟は階級がすべての実力世界。
ちなみにイェンの階級は初級である。言わずもがな〝灯〟では下っ端だ。
華々しい地位にはほど遠く、力量も底が知れている。
「いきなりそんなこと言われても困るし」
心底困った顔でイェンは少女を見下ろす。
「でも、あたし感じるんです。お師匠様の身体から放たれる、突き刺さすような熱く猛々しい魔力にあたし……」
ツェツイは、ぽっと頬を赤く染めた。
「どうにかなっちゃいそう……」
「どうにかなっちゃいそうって……」
こっちの頭が理解できずにどうにかなっちゃいそうだ。
何やらとんでもないのに声をかけられてしまった。
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