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知らなかったとはいえ、うかつな発言をしてしまった。
追い返す口実に、母親の手伝いをしろと言ってしまったのだ。
そういえば、少女の顔立ちは、ふっくらとした子どもらしい感じはなく痩せていたような気がする。いや、痩せているというよりも、やつれてる?
あいつ、ちゃんと飯食ってんのか?
「何のつもりか知らないけど、あいつのせいで〝灯〟のみんなは薄気味悪がって迷惑してんだよ」
マルセルは鼻を鳴らし肩をすくめた。
その横ではルッツがやはりそうそう、と大げさにうなずいている。
そんな二人に背を向けイェンは走り出した。
去っていく少女の背中を追いかけ追いつくと、華奢な肩をつかんで引き止め振り向かせる。振り返ったツェツイは、大きな目を驚きいっぱいに見開かせた。
「飯……」
飯って……。
何言ってんだよ俺。
たった今、追い返したばかりなのに。
こんなことしてどうしようってんだ。
「めし?」
ツェツイは首を傾げぽつりと聞き返す。
「うちで飯食ってかねえか?」
言ってしまって心の中で大きなため息をつく。
いや、飯に誘っただけ。
そう、それだけのことだ。
「でも……」
「いいか、勘違いするなよ。別に弟子にするわけじゃない。ただ、飯を食わねえかと聞いただけだ」
ツェツイは言葉をつまらせたまま口許に手をあてた。その目には大粒の涙が浮かんでいる。
「来るのか来ないのか、どっちだ!」
「は、はいっ! 行きます!」
ツェツイは大きくうなずいた。瞬間、目のふちにたまっていた涙がぽとりと足元にこぼれ落ちる。
「おい、何で泣くんだよ! 子どもとはいえ、女に泣かれんのは弱いんだよ……」
まいったな……と頭をかき、イェンは涙をこぼす少女の腕をとり、軽々と抱き上げると片腕で抱っこする。驚くくらい、その身体は軽かった。
ほんとに、何やってんだ俺。
「ほら、泣き止め。な?」
そう言って、イェンは少女の背中をぽんぽんと叩く。
ツェツイは両手の甲でごしごしと涙を拭い、ひくひくと肩を震わせながらにこりと笑う。
「はい、お師匠様」
だから、お師匠様じゃねえって……。
歳の差、十二歳。
これが、イェンとツェツイーリアの出会いであった。
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