1章 転入生

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1章 転入生

(――まるで、展翅された蝶みたいだ)  重厚な石造りの校舎、吹き抜けになった正面ホールの壁に設置されている案内図を眺めながら、アルベール・フロルジュは思った。  広大な学院の全景を表した手描きの絵図は、そうだ、不格好に翅を広げた、一頭の巨大な蝶だ。ほぼ真ん中に描かれた校舎を蝶の腹部とすれば、周囲に広がる森林はまさに、留め針でかたちを整える前の蝶の翅にも似ている。  もし、とアルベールは思う。もしジェレミーにこのことを言ったなら、彼は笑ってうなずいてくれただろうか。そしていつものとおり、大好きな蝶についてあれこれと語り聞かせてくれただろうか。……  胸がずきりと痛んだ。心臓にまで差し込んできた痛みを、奥歯を食いしばってやり過ごす。大切な従兄弟である彼にそれを確かめる機会は、もう二度とやってこないのだ。 「アルベール・フロルジュ?」  傍らの教師に声をかけられ、アルベールははっとそちらを向いた。明るい茶色の瞳を、ぱちぱちと瞬かせながら。 「あいにくだが、一部の生徒がまだ帰校していないようだ。君を案内するはずだった第五学年の監督生も、戻ったという知らせが届かない」 「あの、一人でも大丈夫です」  過剰に手を煩わせてはならないと身を正したが、神経質そうな風貌の教師は眉を寄せ、しかつめらしい調子で言い放った。 「そんなことは許されない。ここは権威ある名門校なのだ。勝手にふらふらと校舎内を歩き回られては迷惑だし、多数ある規則を、転入生である君に教える者が必要だ。第一、広い敷地内を案内もなしに歩き回れるとは思えんがね」 「……失礼しました、ムッシュウ」  アルベールは、ほっそりした肩を神妙に竦めた。もしかして、変な時期に転校して来ただけに警戒されているのかもしれない。
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