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だが、電話口で彼の母親が続けた。
『最近、どう? 上手くいってるかしら』
上手くいってる……か。
彼はなんと言おうか迷った。
破り捨てたあの紙が脳裏をちらつく。
「毎日、走ってるよ。ひたすら」
暫く、母親が黙り込んだ。
『そうかい。昔からあんたはそうだったもんね。頑張るんだよ。いつでも帰ってきて良いからね』
母親の言葉に、男は小さく微笑んだ。
いい言葉が見つからず、「うん」とだけ言って終話ボタンを押した。
駅のホームから見える空は青く澄み渡っていた。
白い雲が上空を駆け抜けてゆく。
深緑色の列車が滑り込んできた。
いつもの顔がもうそこに居た。
■◇■
電車が静かに動き出す。
俺は、まだまだ走らなくてはならない。
俺のためにも、あの少女のためにも。
暗闇の中をひたすら走っていた俺は、もう居ない。
走ることをやめたから。立ち止まったから。
ずっと昔に落としたままだった物を、見付けたから。
やはりあの夢は、正しかった。
俺は、俺なりに、光の中をこれからもずっと走る。
転々と俺を追いかける足跡は、俺なんだ。
そして、目の前にあるこの道も。
電車の窓に映った自分の顔に笑いかける。
俺はこれからも、ずっと─────
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