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むかーし、むかし、村があった。でっかい海の近くにある、ちっさな村だった。塩作りを村ぐるみでやっとって、朝早ようから海水を桶に汲んでは、えっちらおっちら塩田へ歩く行列ができとった。
その村に、器量良しのお浜っちゅう娘がおった。日焼けした肌や人懐っこい笑顔がめんこい娘だった。お浜に気のある男は多かったが、特に磯兵衛と海太郎は年中競い合っておった。磯兵衛は小男で、神経質な所もあったが浜に咲いた花を集めてはお浜に贈る健気さがあった。海太郎は大柄で、暢気な性格だったので「今日の夕暮れは格別じゃぞ!」とお浜をよく連れ出していた。お浜は、海太郎の快活な、朝日のような頼もしさをとても好いておった。そして、磯兵衛はお浜の気持ちを何となく知っておったようじゃった。
海が荒れようとしていた、ある夕方のこと。磯兵衛は海太郎に言うた。
「お浜のこと、どう思うちょる」
「好きじゃなあ。あんなええおなごは中々おらん」
「わしも、お浜が好きじゃ」
思いつめたように磯兵衛が言った。
「お浜を賭けて、舟で競争せんか」
「こげな荒れ模様でか」
磯兵衛は浜につけてあった二艘の小舟を指で示した。
「向こうの離れの島をぐるっと回って、先に帰った方が勝ち。もう無理じゃと思うたら引き返せばええ。ただ、そんときは、早よう引き返した方の負けじゃ」
波の様子を見て、海太郎は何とかなるだろうと思った。
「その勝負、乗るばい」
二人は海に向かって舟を漕ぎだした。海太郎の舟はぐんぐん陸から離れていった。
「なんじゃ、磯兵衛の奴。自分から競争なんぞ言いだしたくせに、えらいゆっくりじゃのう」
不思議に思いながら、海太郎は舟を漕ぎ続けた。すると、ぽこんと間抜けな音がした。見ると、舟底に穴が開いとった。あっと思った時には舟はみるみる沈んでいって、海太郎は行方不明になった。
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