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時は流れて、磯兵衛はめでたくお浜と結ばれた。
夕暮れ時に磯兵衛が帰って来ると、お浜が震えておった。
「どうした、お浜」
「戸の向こうに、あの人が来たんです」
「誰じゃ」
「今日の夕暮れは格別じゃぞ、って」
磯兵衛はさっと青くなった。わざと空けた穴を泥で塞いで細工した舟に海太郎を乗せた日の事を、彼はようく覚えておった。とっさに磯兵衛は叫んだ。
「塩。塩さ、撒け!」
「でもあの人は……」
「早よう撒け!」
磯兵衛は持ちかえって来た塩を、震える手で戸口にばらまいた。すると海辺の方から豪快な笑い声がしたという。
「あっはっは、駄目じゃ駄目じゃ! 人殺しの作った塩なんぞ、何にも祓えんばい!」
聞き違えるはずのない海太郎の声だった。
次の日、いつまで経っても釜屋に来ない二人を心配して村人が家を訪ねると、塩に埋もれて死んどる磯兵衛を見つけた。お浜の姿はどこにもなく、ただ海辺に向かって一人分の女の足跡と、水に濡れた何かが道を往復した跡だけがあったそうな。
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