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部屋には稔と京子と静寂だけが残った。外はしんしんと雪が降っていて、その雪が些細な音さえ吸収しているようだった。
「……京ちゃん」
稔はいつもの「ばあさん」ではなく、二人が出会った時の呼び方で京子を呼んだ。
「……庭が見たい」
そう言って再び立ち上がろうとする稔を京子が抑える。
「今日は冷えるから、暖かくしなさい」
京子はタンスから稔の上着を出し、枕元のマフラーとともに彼の体に巻くように着させた。自分も上着を羽織ると稔の起き上がる手助けをし、支えながら縁側に向かった。
庭の桜の枝にまで雪が積もり、曇天からも雪は降り続けていたが不思議と稔は寒さを感じなかった。
「言っておきますけどね、私は怒っているんですよ」
縁側に二つ座布団を並べて寄り添うようにそこに座った途端、京子が言った。
「私があんなに病院に行けって言ったのに、言うことを聞かないからこういうことになったんですよ。あなたは昔っからそう。自分勝手で私の話なんてろくに聞きやしないんですから」
「……ごめん……なさい」
稔は叱られた小学生のように背を丸める。
「あの時もそうですよ」
「あの時?」
「ショッピングモールの建設の時ですよ」
「そんな昔のこと……」
「この際だから言わせてもらいますけどね、私は未来よりもあなたとの思い出の方が大事だったんですよ。それなのにあなたは私に何の相談もなく話を進めて」
「それは仕方ないじゃないか、仕事だろう」
「その仕事のせいで病気になったんでしょう」
責められ続ける稔が恐る恐る京子の横顔を見るとタイミングを同じくした京子と目が合った。同時に吹き出す。
「喧嘩するのも久しぶりですね」
「ああ、でもそんな話をしたかったわけじゃないんだ」
「じゃあ怒るのはこれくらいにしておきますよ」
「実は京ちゃんにずっと隠してたことがあったんだ。最後にそれを言いたくて」
「なんですか?」
「俺らの出会いを覚えてるか?」
「ええ、もちろん。私は未来よりも思い出が大事な人間ですから」
「京ちゃん……」
「あっごめんなさい」
「本屋で出会って、その一年後の同じ日に結婚したわけだけど、本当はもっと前から京ちゃんのこと知ってたんだ」
「……」
「初めて京ちゃんを見つけたのはその一年くらい前で、ずっと声をかけようと思ってた。でもなかなかきっかけがなくて、ずっと尾行してたりしたんだ」
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