思い出のクッキー缶

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 そして、タイムカプセルの中にこの缶を入れたのだった。  十年後の私へ、これを手渡すために。  私のお母さんは、私を生んでからすぐに亡くなってしまった。だから、私にとって家族の記憶と言ったらほとんどがお父さんとの思い出だけだった。  仕事で忙しいというのに、その合間を縫ってよく私と遊んでくれたお父さん。一人っ子で顔見知りで友達も少なかった私にとって、お父さんだけが心の拠り所だった。  お父さんは、私が学校のテストで百点を取るたびにご褒美としてお菓子を買ってくれた。チョコとオレンジとバニラを乗せた三段アイスクリームや、フルーツをぜいたくに織り込んだケーキ。ああ、駄菓子屋さんで目いっぱいおねだりしたこともあったっけ。  そんな中でも特にお気に入りだったのが、あのクッキーだった。  ふたには白色のライラックの花びらが描かれていて、中にはチョコチップやレーズン、アーモンドなどがトッピングされたクッキーが六種類ほど入っていた覚えがある。  けれど、今となっては可愛らしかったライラックの白い花びらの絵も、月日の流れによって色褪せてしまっていた。十年も土の中に埋まっていたんだから、仕方ないか。  でも、何で茜がこれを持っていたんだろう。  電話で聞くにはいささかしんどかったのでメールを送ってみることにした。  しかし頭がボーッとするし手は思うように動かない。スマホの画面を触ろうにも手が滑って滑って思うようにいかなかった。  そんな苦闘のすえ、ようやくメールをしたためて送信。  茜の快足のような早さで返事が来た。 『昨日、小学校時代のクラスメイトで集まってタイムカプセル掘り起こしてたんだよ。そしたら蘭子の名前が書いてあったやつを見つけたから、お見舞いついでに持ってきてあげたんだ。てかさあ、蘭子にも同窓会&タイムカプセル発掘の案内が来てたでしょ。風邪で頭の方までボケちゃってない?』  ……とのこと。  ただ、そうは言われても初耳だ。そんな話、ちっとも知らなかった。  けど、私宛に葉書が来なかったというのは。思い当たる節がある。  咳き込みながら、震える手でどうにか茜にメールを返した。 『いや、案内の葉書は私のところに来なかったよ。たぶん、前に住んでた家のほうに届いちゃったんだと思う。ほら、今は叔母さんのところでお世話になってるから。きっと、葉書を送った人は小学校時代の名簿を見たんだろうね』
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