4.ノマドのダチと駅前でメシを食べる

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4.ノマドのダチと駅前でメシを食べる

 十一月になると外気は急速に冷え込み、街路樹の葉が枯れて路上に散りはじめた。  そろそろサボテンが風邪をひきかねない季節だけれど、幸い今日は陽光がまだ充分に暖かく、私は多肉植物の鉢をベランダの日当たりの良い位置に並べた。  ふと、自分にも休日ぐらいは日光浴が必要に思え、近くの公園に向かった。  公園は図書館の脇にあり、都会には珍しい鬱蒼とした樹木に恵まれ、中央には葦のような背の高い草に囲まれたひょうたん池がある。  公園入り口にある自動販売機で缶コーヒーを買おうとして、バッグの中に財布がないことに気づいた。家で領収書を整理した際に、机の上に置き忘れたに違いない。  コーヒーは後で家へ帰ってから飲んでもいいはずなのに、お金がないと気づいたとたん、無性に今飲みたくなった。それも、ひょうたん池を眺めながら、公園のベンチで飲みたい。  家へ戻って財布を持って出直すべきかどうか、自販機を眺めて未練たらしく迷っていたところ、急かすようなわざとらしい咳払いが背後から聴こえた。  振り向くと、そこに立っていたのは眼鏡をかけた若い男だった。  間違いない、美香の元カレだ。  私が思わず男をにらむと、彼は眼をパチクリさせ、記憶を辿るかにあまり自信のない声で呟いた。 「ひょっとして、前にお逢いしましたよね」 「ええ。美香の友人です」  私の返答に狼狽することもなく、彼、すなわち有原幸雄は、思い出せたことが嬉しいとばかりの微笑を振り向けた。  爽やかと呼べる笑顔に誘われて、私は厚かましくも、小銭を貸してくれるよう彼に頼んだ。赤の他人にそんな申し出をするのは前代未聞だったけれど、美香にヒドイ仕打ちをした男なのだから小銭ぐらい巻き上げられても当然、と胸の内で釈明する。  すると、奢りますよ、と彼は親切にも缶コーヒーを買ってくれた。  ことの成り行きで、私は幸雄と並んでベンチに腰掛けることになった。公園に行くところだ、と語った私に、同じく、と彼が応えたからだ。 「週末はお仕事、出なんじゃないですか?」  休みの日が合わない、と美香に聞かされたことを思い起こして尋ねると、振り替えで休みをもらったそうだ。  ひょうたん池の水は藻が繁殖しているのか濃いワサビ色。彼が着ているブルゾンのアーミーな色に似ている。
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