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「・・・・・・その通りです、先生。間違っていました。俺は好奇心を優先してしまった」
「うん。わかってくれれば、それでいい。結果論だが、間近で蟻を観察できたのだ。よかったね、レイ」
先生は、いつも優しい。間違ったことをしたときも、決してすべてを否定しようとはしない。公平に、きちんと見てくれている。
子どものときに癇癪を起こして夜の山に走り込んだときもそうだった。はじめてトカゲを殺したときもそうだった。はじめてレイとつかみ合いの喧嘩をしたときも、そうだった。
開はどんぐりから滲み出てくるような、先生の静かな声が好きだった。どんぐりからの声だけの先生。
本当の姿には一度も会ったことはないが、そういうものだと思い、もう疑問に思うことさえない。
先生はいつも近くにいて見守ってくれている。先生がそばにいると思えるだけで、開は安心できたのだった。おそらく、令と凛も同じだろう。
「カイ、レイ、リン」
先生が三人に呼びかけた。
「今日はもう山を下りなさい。カイ、気がついたかい。もう伐採機の音は聞こえないだろう? 今日の作業は終わったみたいだよ」
先生の話すとおり、すでに伐採機の音は聞こえなくなっている。風で揺れる草々の柔らかな音だけが、静かな広場に満ちていた。
ここまで来たのだから、できるなら動いていなくてもいいから伐採機を見に行きたいと開は思ったが、しかし先生のいうことに逆らってまでというほどではない。
伐採は今日で終わりではない。おそらくまだ数日は続くはずだ。機会はまたあるだろう。
「わかりました、先生」
開は納得したということを示すために、にこりと笑顔を作って掌のどんぐりを見つめた。先生には見えているはずだ。
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