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そのとき、令がいきなり立ち上がった。
「どうしたの」
驚いて、凛が中腰になる。
「しっ」と、令が唇に人差し指をあてた。「ヤツらだ」
開と凛が四つん這いになり、草の陰に隠れるようにしながら令の見ている方向を眺める。
雑草の穂先が作る境界線から上に、いくつもの黒い塊が動くのが見える。
黒い塊は、上方向の森から湧き出すようにして、雑草の広場に下りてきていた。
「すごい。上の森から逃げてきたんだ」
令の声が震えていた。
図鑑でしか見たことがなかった生き物が、今現実に目の前にいる。
それは、蟻の群れだった。蟻の大群が移動しているのだった。
図鑑で見る蟻の絵からは、その大きさまでは把握できない。体長100センチと書かれてはいるものの、実物を見るまではその塊感はわからない。
令は興奮していた。開と凛のように草陰に身を潜めることさえ忘れたかのように、広場に棒立ちになって群れを眺めていた。
広場を横切ろうとする蟻たちの身体は、その下半分が草に隠れて見えない。頭と胴の上半分が、草の海に浮かぶ黒い小山のようにゆっくりと揺れながら流れているようだ。
それが、今では広場の半分以上を覆うくらいに広がっていた。
森から流れ出てくる蟻の群れには、途切れる気配がない。さらに大量の小山が樹木の隙間から流れ出してくる。
群れが広場の三分の二くらいを埋め尽くしたあたりで、開が小さく叫ぶ。
「レイ、逃げなきゃ。危ないぞ」
凛も怯えた表情で小さくうなずく。
「いや、だめだ兄さん。動かない方がいい」
そういいながら、令もその場にしゃがんだ。
「ヤツらに攻撃性はないよ。じっとしてれば、俺たちを避けて通り過ぎてくれる」
「ほんとに大丈夫なの?」
蟻に聞かれるのを怖れたような小さな声で凛がささやいたとき、令のすぐ後ろの草むらががさがさと音をたてた。
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