朧げな同居人

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僕はよく階段から落ちる。よく、でもない。五回ほど落ちたことがある人は幾らでもいるだろう。ある時は身体を丸めてごろごろと猫のように。ある時は尻からしたたかに階段を受け止めながら。僕は受け身は得意だ。柔道は嫌いではなかった。 思わぬ時に護身術として役に立つものだ。落ちる瞬間に無意識にやっているのだから自分の反射神経と修練に感謝するしかない。 「いつか死ぬわよ」と誰もが言う。 「死ぬところでしたねえ」と救急隊員が言う。 気に成るのはいつも、ねっとりとした赤い気配が僕を眺めるように、呼ぶように近くにいることだ。 特にそれは実家で強い。影さえ見たことがあるような気がする。 転げ落ちた後の意識の混濁だと言われればそれまでだ。 僕は両親に言い出せずにいる。幼い時、僕には同年代の友達、いや姉か妹が居たような記憶があるのだ。そしてそれを夢で思い出しかけると、僕は恐怖のあまり起きてしまう。 誰かが呼んでいる。まさか。 僕には一つ思い出がある。幼いころ、一人で「なんとなく込み上げる恐怖」に耐えながら家に居た時の事だ。確かに家の中で笑い声がした。嘲笑しているようにさえ聞こえた。慌てて僕は、すくむ足で声のする方に歩いた。居間に、白い何かが立っていた。それはすぐに移動して、窓の外へと出て行った。 そう簡単に結び付けるものでもないと思うけれど、僕はじっとりとした視線を感じる度に思い出さずにはいられない。 何かがいる。ここには何かがいる。
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