組布団

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 「それは私の布団ですので」  夜、一組の布団に手をつけようとするとどこからともなく声がかかる。 「あの人が私の布団を盗ったんです」  誰かは言わない。名前を知らないのかもしれないとロッジの管理人は言う。  ここには全国から多数の登山者が集まる。たまたまその時一緒に泊まった見知らぬ他人ならば、名前は分かるまい。  昔突然の豪雪に襲われて、収容可能人数以上の登山者が閉じ込められ、翌朝一人の女性が凍死した。幽霊は恐らく彼女ではないかと。  貴方みたいな年代の男性が声をかけられやすいんです、犯人がそうだから。管理人は親切にも男に耳打ちする。気をつけなさい、丁度今の時期だったしね、毎年見た者がいますよ。で、勿論犯人じゃないって分かればいいんですが、おかしなことに、幽霊は顔では判断しないっていうんですね。顔を見ても犯人か分からない。つまり犯人の顔も定かでない、当時若かった男ということしか幽霊は知らないんです。代わりに、怯えたら疑うんだとか。怖がれば怖がるほど襲われる。そりゃこんな山奥で殺されて、幽霊になっても恨む相手を特定できないんじゃ成仏できませんよ。いい加減怨みを募らせて、犯人じゃなくたって構わない、となっているかもしれない。だから絶対に、怯えないで下さいね。何があっても、決して。
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