組布団

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 無理に決まっている。小心者の男の掌はさっきから汗でぐっしょり湿っていた。壁掛け時計の音にも肩が跳ねる。夜の八時。出来ればここを飛び出してしまいたかったが、外は雪、他に泊まる所もない。  十時。やっと他の宿泊客が現れた。向かいの部屋の熊のような男。常連なのか管理人と仲良さげに話しているのが聞こえる。  ーー毎年不審死だオカルトだって騒ぐ奴もいるけど、このロッジは潰れないで欲しいねえ。  管理人の眼が黒ずむ。  ーー先祖代々受け継いでる家だ、潰させませんよ。  担がれていると思わなければ頭がおかしくなりそうだった。そうだ嘘だ。全て作り話で、彼らはこちらの反応を窺って楽しんでいるのだ。これ以上聞いておれず、男は部屋に戻った。  元々多人数向けの和室は広すぎる。あんな話さえ聞かなければ、個室として使えることを喜べたものを。彼は布団を敷く。それに何も知らない方が、何かあった時却って自然に振る舞えたかもしれないのに。はたと思い至る。  あんな風に話されたら怯えるのは普通だ。なのにどうしてわざわざ?  怯えさせるため?  そう言えば、管理人は男と同世代の男性だ。  男の手が止まった。  そう言えば、大部屋なのに襖には一組しか布団が入っていなかった。  もし“当たり”以外を選ばせないためだとしたら?  幽霊に、他ならぬ当事者が、積年の怨みの捌け口を提供しているのだとしたら?  震えるうなじに生あたたかい風が吹く。 「貴方でしたか」  布団にはもう、触っている。
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