あさのかお

2/2
前へ
/2ページ
次へ
行灯の鉢にちょこんと女の顔がはえていた。 市内で開かれた朝顔市でのことである。 女が何をしているかと言えば目を閉じているだけだ。眠っているようにも見える。 勿論、最初は私も驚いた。 しかし周りは平然としているし、店の親父はむしろその鉢を含めた店の最前列の朝顔を自信作だと言う。 戸惑ったが、すぐに私も平然を装うことにした。 二つ隣の鉢を眺める振りをしながら、女を横目で観察する。 まず初めに、マネキンやお面の類いを疑った。だが、ビニルやプラスチック特有のテカりがない。しかも、かすかにまぶたが痙攣している。残念だが、作り物ではないらしい。 顔は白く塗られ、前髪は全て後ろに流しているようだ。こめかみより後ろはだんだんと透けて見えなくなっているので、ちゃんとした髪型はわからない。ただ、テレビで見た芸者さんとかがこんな感じだった気がする。しわもないから、まだ若そうだ。 鉢にさした支柱の枠にうまくはまっているものだから、朝顔が彼女の髪飾りのようにも思える。 でも何でこんな所に生えたんだろう。 私は首を傾げた。 そんな私の様子を見た親父が買い悩んでいるものと思ったか、勝手に「良い朝顔の見分けかたは葉と茎を見な」と解説しはじめた。 「葉に張りがあって、茎が太いのが、元気に花を咲かせるんだよ」 確かに最前列は後ろの列に比べて、緑が鮮やかだ。女の鉢にも赤紫の花が咲いている。 いつしか、隣にお爺さんが立っていた。お爺さんは親父の解説を頷きながら聞き、 「これを下さい」 と、女の鉢を指さした。 「毎度」 すぐに親父は二重ビニールで鉢を包む。 その時だけちらりと女が目を開けた。親父を見、お爺さんを見る。だが、すぐに興味を失ったように目を閉じた。 二千円で女の鉢は買われていった。 お爺さんは機嫌よく去っていく。 女も去っていく。 目が合わなくて良かったとは、鉢が人混みに隠されてからなんとなく思った。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加