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その夜はやはりなかなか眠れなかった。――確かにあの女は自分に取り憑いてきている。そんな意識が俺を怯えさせる。まさか、自分は幽霊に取り憑かれて恐怖の中で死んでいく運命ではないか……。そんなことを思うと、とても眠れないのだ。
脳裏に香奈枝の姿が何度も過り、「ああ、香奈枝さん、僕と結婚してください!」と思わず叫んでいたが、残念ながら香奈枝の心はどうやら自分には向かってはいないのだ。それは何となく分かるが、実際、香奈枝と話していても、「心ここにあらず」という感じなのだ。
――やはり噂は本当なのか。
香奈枝は上司と不倫しているという噂を聞いたことがあるが、その噂は本当かもしれない。西崎香奈枝は大阪広告企画という中堅広告代理店に勤めているが、うちの会社の得意先だ。これまでも何度か仕事の打ち合わせで食事をしたことがあるが、そのときに、香奈枝の持つ爽やかな笑顔に魅せられてしまった。何て美しいんだろうと、その顔を見るたびに胸が激しくときめく。だから、不倫なんて嘘だと信じたい。そして、香奈枝と結ばれたかった。もし香奈枝と結婚できれば、それだけでもう何も望むものはなく、結婚できれば、人生は正に至福の楽園に変わるだろう。それ以来、にやけた顔でそんな妄想をする毎日だ。
だが、そうは簡単に問屋が卸さないのが人生というやつだ。結局振られそうな予感に、俺は何度も凍り付いた。
亜美の丸い顔も浮かんだが、「亜美はどうやらお前に惚れているんだよ」という五郎の声が耳朶に響く。確かに時々熱い視線を送ってくる亜美を思い出すと、そんな気がする。でも、亜美は五郎などより余程しっかりしていて、頭も数段上のようだった。その上、何でも実によく知っている。
しかも働き者で、特定の相手もまだいないようだった。だから、早くリザーブしておくべき相手かもしれない。
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