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「どちらまで?」と聞くと、「茨木保健所まで」と女は答える。俺はすぐにおかしいと思った。ここは東京の目黒なのに、なぜ茨木なんだ……。
――もしかして、俺は大阪の街を走っていたのか。
それは少し意外だったが、茨木は俺の故郷だ。どうやら、いつの間にか車で故郷まで帰ってきたらしいぞ。そんなことを思いながら車を走らせたが、俺の実家は保健所のすぐ近くにある。この女性もどうやらそうらしいのだ。いずれにせよ好都合だと思いながら車をスタートさせる。自宅までのドライブでひと稼ぎか。そんなことを思ってニヤリと笑い、安全運転を心掛けた。
バックミラーで後ろの女を何度か振り返ったが、女は俯いていてその顔はよく見えない。
「お客さんも茨木の人ですか」
俺が尋ねると、「……そうです」と、女は小さい声で答える。「僕も実は保健所のすぐ傍に実家がありましてね」と言うと、「知っています」と女が答えた。俺は思わずギクリとしたが、どうしてそんなことを知っているのか、何だか不気味だった。恐怖が体を走ったが、なぜか尋ねる勇気が湧いてこない。ハンドルを持つ手がいつしか震えていた。
――もしかして、この女は……。
そんなことを考えていたが、女はじっとしている。何とか顔をよく見たかったが、俯いているのでどうもよく見えなかった。何か話しかけてくれれば恐怖も薄まるのに……。そんなことを思いながら何度も女の顔をバックミラーで見る。
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