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せっかく桔平が叶えてくれた小さな望みを、私は気まずい空気で終わらせてしまった。
でも彼は屋上から下りると、その雰囲気を微塵も感じさせないように、私と手を繋いで言った。
「ここまで来たんだから、色々と見て回ろう。欲しい物があったら遠慮なく言えよ、なんでも買ってやるから」
「え? そんないいよ、ここの中のお店どこも高そうだし、私そんなつもり全然ないよ?」
「気にするな。弁当のお礼だ」
彼は、足の進まない私の手を引っ張った。
どのテナントショップも、有名なブランドばかり。
バッグもアクセサリーも靴も洋服も、私の作ったお弁当に見合う物なんて、こんな高級店になんか売ってないよ。
さんざん歩き回った結果、
「本当になかったのか? 」
「うん、ごめんね、欲しいって思う物が見付からなかった」
それは嘘。
実は、たったひとつだけ、すごく気に入った商品があった。
けれどあの値段を見た上で、おねだりなんか出来やしない。
「そうか、残念だな。イチゴに何かあげたかった」
「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ。それより私、歩き疲れちゃった」
「じゃあ、それそろ帰ろうか」
「うん」
桔平は駐車場まで、ずっと手を繋いで歩いてくれた。
それも自分から私の体を寄せて。
嬉しかったけど、周りが気になる。
こんなところを誰かに見られたら、言い訳が通用するとも思えない。
けれど、私にはもっと気になることがあった。
桔平は時々、すれ違う女の人を見ている。
どうも無意識に目が向いているようで、お店を回っている時も、それ以前に食事に連れてってくれた時も、そうだった。
しかも彼がつい見てしまう女の人には、必ず共通点があるように感じた。
だいたいの年齢、服装、髪型、雰囲気。
それらがみんな似ていると。
……………似てる? 誰に?
何となく予想はついたけど、それを彼に訊いたことは一度もなかった。
桔平の心の中に保管されている【その人】のイメージが、私の脳内で具体化してしまうのが怖かったから。
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