05 - 西方最大の大陸シャルク

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05 - 西方最大の大陸シャルク

 西方最大の大陸シャルクにかまえる主国シヴァスは、最強の騎士団を擁するといわれる富強国である。  その首都シルヴァンは主国にふさわしい壮麗さで、人々のにぎわいも絶えることがなかった。  バザールが建ちならぶ中流街をぬけると貴族の邸宅が集まる区画があり、その奥が王宮になっている。  宮内には宮廷法術士たちに与えられた一棟があった。  「シール島での首尾はいかがであった」  「とどこおりなく務めました、先生」  アイディーンはシヴァスへ帰還するなり召喚され、法術学の師でもある宮廷法術士たちの長、ヴァルム・ドマティス導師のもとへ参じた。  もう何年も続けている魔種狩りの首尾についていまさらのように尋ねられたので、彼は不審げに師を見る。  「なにか不手際がありましたか」  「そうではない。……実は、大気のマラティヤが先刻到着したので、目通りさせようと思っておる」  「俺の記憶が確かなら、その言葉を聞くのは三度目ですね」  さして期待もしていない弟子の言葉に、過去、約束を反故にし続けてきたヴァルム・ドマティスは苦い顔をした。  「なぜ今暗黒期にかぎって二人のマラティヤが合流しないのかという問いを、そなたからは何度も聞いたな。その理由は大気のマラティヤにある。――入りなさい」  命令は後ろへ向かって投げられた。  静かに開いた扉から入ってきた人物に、アイディーンは思わず立ちあがる。  「おまえ……!」  「アイディーン、驚くのも無理ないが、おちついて席につきなさい」  ヴァルム・ドマティスは弟子を右手で制した。  「先生、彼は」  アイディーンの反応をいぶかしんで、師は隣に立つ青年へ目をやる。  「もしや面識があるのか」  「いいえ」  静かに答える声に、アイディーンは彼には珍しく呆然として椅子に腰をおとした。  ヴァルム・ドマティスはひとつ咳ばらいをして彼を見やる。  「アイディーンが驚くのも無理はない。長い歴史のなかでスィナンがマラティヤに選ばれるなど前代未聞じゃからな。しかし、人間に危害を加えられぬよう法術を施してあるゆえ心配はいらぬ。カシュカイ、アイディーンにあいさつを」  青年は両膝をつき両腕を組んで低頭する礼をした。  「アイディーン様のお手をわずらわせぬよう務めますので、以後魔種狩りにお連れください」  アイディーンは反射的に、無表情の顔を伏せたままのスィナンを立ちあがらせる。  「マラティヤに身分の上下はないはずだ。俺に臣下の礼をとる必要はない」  カシュカイは答えず、ただ視線をさげた。  老導師はもう一度手をあげて、弟子を席につくよううながし口を開く。  「どんな理由であれスィナンを人と同列におくことはならぬ。礼をとらせる理由がいるというなら、大気のマラティヤがそなたに劣っている証がある」  骨張った手が、カシュカイの左手の布の甲当てを無造作に剥ぎとった。  「これは」  アイディーンの目が白い手の甲に釘づけになる。  大気の紋章があるべき場所には二つの紋章が刻まれていた。  藍色の風と光の印が、互いを侵食しあうように絡まった異様な意匠である。  ヴァルム・ドマティスは渋面を手の甲へ向けた。  「スィナンがマラティヤになったためか、大気の紋章は風と光の紋章に分裂してしもうた。かろうじて大気としての責は果たせるが、その力は歴代のマラティヤに遠くおよばぬ。研究により開発された法術で法力の増幅には成功したが、まともなマラティヤとして認められようはずもない」  カシュカイは老人の言動になんの反応もなく、むきだしの左手と右手を組んでさきほどと同じように一礼する。  アイディーンは美しい顔が無表情のまま伏せられるのを見、それから尋常ではない奇形のしるしを凝視した。 第一話 出会い END
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