終わりへの鐘

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「今日は何日だ?」 「30日でしょう?何日も前からカレンダーにぐるぐる丸がついていたから間違いないわ」 「お前、もうすぐ誕生日だな」 「………そうだったかしら」 「いくつになった?」 「……幾つだったっけ?……57……38?」 今お前、49だよ。 俺の5つ下だ。 「ここがどこか解るか?」 「さあ」 「病院だぞ」 「そうなの?」 綺麗に染め上げてあるウェーブがかった栗色の髪に染まりきらなかった白いものが冷たく光っている。 目尻にも皺が二本。笑いじわというやつか。 肌は綺麗だ。首にもたるみは見られない。冴子より二つ若い俊子の方が遥かに年上に見える。 俊子の方が老けているのか冴子が若すぎるのか。 この女はまだ30代と言っても通用しそうだ。 だが。 それは外見の話だ。 入院中にうんざりするほど自分にされた質問を冴子にしてみた結果、進一は答えを得た。 認知症か。 進一が、ため息をひとつ吐き出す。 「お互い、もうミドルシニア真っ只中だからな。どこかしこかは悪くなるもんだ」 「ミドルシニア?ああ、そう呼ぶのね。聞いたことないけど。」 「アラフィフは?」 「……聞いたことある……かしら。御免なさい、なんかこう、靄がかかったみたいで。最近よく忘れるのよ、色々」 冴子の血管の透けて見える手が自身の額に触れる。 短期記憶障害と呼ばれるものだと進一は思った。 冴子から最近の記憶が抜け落ちている。昔の記憶も所々落ちているのかも知れない。覇気も無い。 「たまに自分の名前も、忘れちゃうのよね」 それでよく別れた夫の事を忘れなかったものだ。 若年性アルツハイマーというものかも知れない。 「貴方を忘れるわけないじゃない。私のただ一人の夫なんだから」 そう言って冴子は、進一の中指に自分の中指を絡めた。 指を絡めたまま、そっと引き抜く。 今度は人差し指を。 次は薬指。 触れられる度、鈍っていた指先の感覚が少しずつ戻ってくる気がする。 「相変わらず細くて長い手ね」 「お前は相変わらず……綺麗だな」 目の前の女に若い頃の美貌が二重写しになる。
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