終わりへの鐘

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冴子は美しかった。大手化粧品の美容部員だった彼女は華やかで、回りにはいつも彼女を狙う男達が群がっていた。 進一もその一人だ。 まさか自分を選ぶとは夢にも思わなかった。 華やかな彼女には地味な自分は不釣り合い。彼女をデートに誘ったのは、親に勧められた縁談を受ける前に気持ちに区切りを付けたい、言わば玉砕覚悟のうえだった。 ぼろくそになじられるか、鼻で笑われるか。いいさ、それもいい思い出と彼女の嘲笑を待った進一だったが。 彼女はあっさりとオーケーした。 まるで待っていました、と言わんばかりのはしゃぎぶりで逆に進一の方が引いたくらいだ。 初デートの締めくくりはホテル。 『この手が好き』 ベッドの中で進一の手に頬擦りをする冴子に、命を吸いとられていくような錯覚さえ覚えたものだ。 魔性。 この女を一言で表すならまさにそれだ。 「今も男がいるのか」 この女の周りにいなかったことがなかった。そうさ、夫がいた時でさえ、恋人がいたのだから。 「いるわ。多分」 冴子がぺろりと指の腹を舐める。 快感が指先から脊髄に瞬時に飛び火した。 背骨を突き昇ってくるこの感覚は何時以来のものだろう。だからといって冴子に欲情するわけでもない。 男として終わってるな、と進一の口元に苦笑が浮かんだ。
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