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その後は、母の言うがままに動いた。
1ヶ月としない内に家に見知らぬ女が挨拶に来た。
それが俊子だった。
『私の選んだ女に間違いは無い』
そう豪語する母に是とも否とも言わないまま、進一は俊子と再婚し、一年後には息子を授かった。
何もかも昔の事だ。
心を押さえ込んだまま、月日は過ぎ、偶然今日この瞬間に顔を合わせた二人はすぐにまた離れていく。
進一は自嘲する。
もう、二度と会うことはないだろう。
この世では。
「幸せだった?」
ふいに冴子が聞いてきた。
「ああ………多分」
「そう。よかったわね」
「お前は?」
答えは返ってこない。
お前はそうやって何も語らない。
あの時も言いたいことがあったんじゃないのか?
「愛していたわ」
「俺もだよ」
廊下で走り回る看護師の足音が響く。
どこかの病室でわめき散らす老婆の声が聞こえてくる。
「私、浮気してないわよ」
未だ燻る情念を胸の奥深くに閉じ込めようとしていた矢先の冴子の唐突過ぎる言葉に進一は苦笑した。
「今更何を」
お前もあの日に拘っていたのか。もういい。今更だ。
「貴方はしてたわ」
「それはお前が、っ!」
カリッと指を噛まれ、進一はまだ指に痛覚が残っていたことを実感する。
「貴方は知らなかっただろうけど。
あの頃、私主任に昇進したのよ」
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