終わりへの鐘

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三年前に人生を閉じた母の、しわくちゃな死に顔を思い出す。 進一達が施設からの連絡を受けて一時間後に着いた時には、既に呼吸の止まっていた母。 先に死んだ夫に代わり、家を守ろうと必死に生きてきた女は、嫁に疎まれ家を追われ、施設で76年の人生を終えた。 進一は母に対する俊子の仕打ちに最後まで何も言わなかった。 認知症の進む母を任せきりにしていた息子に挟める口が無かったのか、それとも意趣返しか。 進一には今でもよく分からない。 「何故かしら。今まで忘れてたのにね」 そう言って冴子が寂しく笑った。 「あの後からよね、貴方が浮気しだしたのは。不倫じゃなくて良かったけど」 「どう違うんだ?」 聞きたいの?と言わんばかりに冴子がおどけた顔をする。 「それでも貴方は私を愛してくれていた。」 ああ、そうだ。 進一は動かない頭を上下する。 愛していた。ただただ。お前だけ。
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