終わりへの鐘

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「もし俺達に子供がいたら……いや、今のは聞かなかったことにしてくれ。」 バカなことを言うところだった。人生においてタラレバなどあり得ない。 冴子は進一の指を握ったまま、窓の方角を見ている。元より答える気も無いようだ。 カーテンが緩やかに揺れる。 秋にしては暖かい風が進一と冴子の顔を撫でていく。 このまま、静かに眠るように、冴子に看取られながら逝けたなら…… それは俊子に対する裏切りだ。だが冴子には贖罪にならないだろうか。いや違う、己の独占欲。進一の霞始めた脳内で感情がせめぎ合う。 静かな時間は冴子の呟きで遮られた。 「私達、死んだらどこへ行くのかしら」 「死んだら何も、残らんだろ。焼いた後の骨くらいかな」 「そう……」 冴子が毛布の上にそっと手を戻す。 そのままゆっくりと手の甲を撫でる。撫でる手は指先から少しずつ上に上がっていき肘を越えた辺りからまた指先に戻っていく。 心地よい揺れの中、進一は瞼が下りてくるのを拒めない。 再び冴子の呟く声が聞こえてくる。夢心地の中、進一の耳は研ぎ澄まされ、彼女の声だけがピンのように刺さる。 「この世ではあの人に貴方を譲ったわ。だけどこの肉を離れたなら」 椅子から立ち上がる音がしたなと思う間もなく、すぐ耳元で愛しい女が囁く。 「私の所に戻ってきてくれる?子供と一緒に」 子供? いや、そんなものは。 まさか…… 聞きかえ返そうとして首を動かしかけた瞬間、唇に柔らかいけれど冷たいものがそっと触れた。 煙草の匂いが鼻をつく。 そういえば冴子は香水をつけない女だった。化粧品の香料でも胸が焼けると言っていた。 冴子の柔らかな声が耳を擽る。 「愛してるわ。私の夫は今でも貴方だけ」 進一の意識はそこで途切れた。
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